【フィリピニスト 山田麻樹 #2】青年海外協力隊での生活で学んだ “本当の豊かさ”

フィリピニストとは、フィリピンで“新しい場所・人・自分”に出会った方々のこと。
このコーナーでは、自分らしくオリジナルの人生を歩んでいらっしゃるフィリピニストをご紹介します。

フィリピニスト001 山田麻樹(やまだまき)

1985年生まれ。熊本県出身。立命館アジア太平洋大学卒。
大学時代にボランティアで行ったフィリピンで、”何もないところに幸せを生み出せる”フィリピン人に感銘を受け、また、フェアトレードの考え方を知り、将来はフィリピンと日本をつなぎ、「フェアトレードをビジネスとして成功させる」という目標を持つ。卒業後、商社の貿易部門で働いた後、青年海外協力隊でフィリピンへ。
2012年10月帰国後「オーガニック×無添加×フェアトレード」にこだわったフェアトレードブランドGirls, be Ambitiousを設立。

前回は、フィリピンとの出会いや自分自身が変わるきっかけについてお話いただきました。今回は、起業するきっかけになった青年海外協力隊時代のお話を伺いたいと思います。

フィリピンで起業したきっかけ

ー大学時代にフィリピンに感銘を受けてからGirls, be Ambitiousとして起業するきっかけについて教えてくださいー

(山田)大学3回生になって就職活動を意識し始めたとき、フェアトレードを行っているNPOなどへの就職も考えました。

しかし、立命館アジア太平洋大学という国際的な大学を卒業したこともあり、海外を舞台に英語で活躍する姿を見たいという両親の期待に応えたくて、海外展開している商社に就職しました。

将来的にフェアトレードをビジネスにすることに興味があったのですが、まずそのためには“ものづくり”と”ものの行き来”を知る必要があると思いました。

そのため、まず商社で物流部門の配属を希望し、2年間働きながら“ものの行き来”について実践で学ばせていただきました。

インドの仕事で感じた壁

(山田)商社では、“ものの行き来”に関わる現場に携わりながら、インドでの物流拠点の立ち上げにも関わることになりました。

インドでの仕事はとてもエキサイティングでやりがいがあったのですが、一方で息苦しさを感じていました。

慣習的なカースト制度が残っていたり、物流拠点は女性の働く場所ではないという考えが強かったことなどです。業務をすればするほど、フィリピンで感じていた人の温かさや、おおらかさがとても、恋しくなっていきました

インドの立ち上げが落ち着いたころ、「やっぱりフィリピンと関わる仕事がしたい!」という強い思いを止められず、青年海外協力隊に応募することにしました。

青年海外協力隊でフィリピンへ

ーフィリピンと関わる仕事は色々あると思うのですが、なぜ、青年海外協力隊としてフィリピンに関わることにしたのですか?ー

(山田)一番の理由はフィリピンとフェアに関わるものづくりに関わりたい、と思ったからです。

日本の現地法人で働くことも考えたのですが、日本のものづくりをフィリピンで行う仕事では、決められた工程をいかに早く効率よく作るかが問われるものづくりとなります。

フェアトレードで扱うフィリピンの素材を使って、丁寧に品質を高めて作り上げるものづくりとは少し違うように感じました。

そのため、フィリピンの素材を活かしたものづくりの現場に入り込める青年海外協力隊の仕事が適しているのではと思いました。

もう一つの理由は、地域に根付いた生活の中でフィリピンの歴史や文化も知れると思ったからです。

フィリピン限らず、現地の独自の文化や歴史は、田舎で色濃く見えると思います。だからこそ、あえて都市部ではなく、田舎で働ける仕事がしたかったんです。

2年間の活動

ー青年海外協力隊とは、どんな仕事を行うのでしょうか。ー

(山田)青年海外協力隊という仕事自体は、教育、医療、ITなどたくさんの分野に分かれており、各隊員の専門性や適性に合わせた仕事で基本2年間、途上国で活動します。

私は村落開発普及員(現在のコミュニティ開発)という職種で、最初の1年間は、フィリピン・セブ州の北部:バンタヤン島にある女性組合に配属され、ロンガニーサ(フィリピン版ソーセージ)の製造管理、マーケティング、営業を組合員の女性たちとおこないました。

後半の1年間は、フィリピン・セブ州のセブシティにあるフェアトレードNPOで、100団体ほどのフェアトレード生産者が作る商品の品質管理や商品販売に関わるマーケティング、営業、輸出業務などに携わりました。

生きる強さを学んだ

ー実際にチャレンジしてみてどうでしたか?ー

(山田)青年海外協力隊として2年間住んだおかげでフィリピンの文化や人への理解をとても深めることができました。

特に時間の感覚(フィリピン時間)は、住んでみて初めてわかる時間の感覚で、打ち合わせの時間に2時間ぐらい遅れるということもよくあります。

そのことを2年間でよくわかったので、Girls, be Ambitiousを始めた当初から、生産スケジュールを彼らの時間感覚で考えることが出来て、生産者とのやり取りで感じる時間感覚のズレも少なく、通常より随分ストレスなく出来ていると思います。

また、今まで表面的にわかっていた、貧困や環境問題などの社会問題も、現実として直面することができました。

セブ市内に住んでいた時、毎日通る通勤ルートで、物乞いをして生計を立てている子供達、家族で道路に住んでいるストリートファミリーと毎日顔を合わせていました。

ある日には子供が生まれて、誰となくオムツやミルクを地域の人たちが持ってきて、赤ちゃんが路上で育つ様子も見ました。

またある時には、路上生活者が警察に叩かれているところを見たこともあります。

彼らを見ながら、社会問題のしわ寄せが彼らに乗りかかっているように思えたのと同時に、路上という過酷な環境の中でも、生きて、赤ちゃんも生まれて育つことも見て、”生きる強さ”というのを、初めて感じました。

この青年海外協力隊での2年間は、様々な経験と人との出会いがあり、目まぐるしく自分の価値観が変化していった2年間で、その経験がGirls, be Ambitiousのビジネスプランやコンセプトミッションに繋がることとなりました。

フィリピニストへの質問

フィリピンのおすすめスポット
バンタヤン島:のんびり命を洗濯ができる場所です。
好きな週末の過ごし方
緑の見えるカフェで、ゆっくり新しい計画や今までの振り返りをして、頭をリセットすること。
バッグに必ず入っているもの
携帯、ノート(A5サイズの方眼紙)、財布
好きな言葉
Where there is a will there is a way. 
今の仕事をしておいてよかったと思う時
”フィリピンってそんな国なんですね!””モリンガ・ココナッツオイルってそんなにすごいんですね”と皆さんに新しい発見を提供できた時、嬉しいなって思います。
フィリピンの好きな食べ物
ピナクベット(夏野菜と豚肉の炒め物)
おすすめのお土産
ポルボロン(フィリピン風のらくがん)
*********************
 

この記事を書いた人

小野里 寛子(おのざと ひろこ)

2012年、英語ゼロからフィリピン留学に挑戦して英語コンプレックスを克服。セブ島に1年半滞在しながら、世界の語学学校を視察し、フィリピン留学の実力を確信。留学をきっかけに人生を切り拓いた感動を元に、留学エージェント イングリッシュバードを設立。世界へ羽ばたく力が付けられるフィリピン留学の魅力や可能性を多くの方に知っていただけるように活動しています。   Instagram      English Bird        “女性目線”のセブ&マルタ留学情報